終録ー30年間ー

遂にあの30年間を迎える日……

つまらない事ばかり考えてきた時間。その時間は相当早く過ぎてしまい物事は次々に起きている。後悔ばかりして、マイナスばかり思って、何も知らないので臆病で、精神的に偉そうなくせに軟弱である。

偏った物の考え方、いつもひねくれ陰気だった。人間らしき魅力は1つもなく1人で勝手だった。

勝手な行動、勝手な考え方、勝手に想像、その毎日 毎日 毎日。

この30年間 精神的にはよくない時間ばかりだった。日本に生まれ育ち、居る事の無駄、心の無駄、余計な心配、マイナスの考え方。

「よくない運命」その一言。

幼稚園から高校の終了までは環境のせいもあっていつもマイナスで陰気で恥をかき後悔をし、それが普通なのかもしれない。私はその大半を忘れ、遠い遠い過去となってしまったのである。人への恨みは執着に覚えており、スポーツ万能で、勉強は良くもなければ悪くもなく、アートの才能は持っており、友達は多い方だった。健康体120%で、飲み込みは早い分、飽きも速かった。集中力はなくいつも物事に対して散漫。それは今も変わらない。

ごちゃごちゃ考えることが好きでいつも想像・夢・後悔の同じことを何度も何度もぐるぐるぐるぐる考えていた。エリート家族でもなかったが、日本に居るから洗脳される部分が日本人としての生活の中で多々あり、今海外から日本が見えるので言えること。なんてしょうもない人間が多いのか、そしてしょうもない事が周りにいつもあったのか。

運命としか言いようがない。そこに生まれ、そこで育ってしまったからの宿命、欲もない、少々悪めの人生18年間。

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自分の中に”強さ”がいかになかった解る。海外に行くまで、日本でうだうだしていただけである。片親になって、親の死は大きく余計な影響も受けていた。勉学的ではなく精神的に苦労して入った大学は一瞬で、バイトをはじめ、社会での味を知っていくことになり、「自分の価値」を同時に探していくことになった4年間だった。

アルバイトは大変だったが大好きだったし、忙しかったが苦ではなかった。仕事を通しての出会いもあったしたくさんの経験が出来たので良かったと思っている。

今から思えばバイクで走り回ってよく頑張っていたな―と思う。

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家のトラウマ、家族のトラウマ、日本のトラウマ、すべての人生を一躍する為私は海外に出る必要があったのである。

異国でのちょっとづつの前進と自分の発展、ビジネスを通しての能力の挑戦、音楽、アートなどの才能の披露、知る人も少なく、ワイヘキでのごたごた。

大殺界の災難も全ては働けなかったせい。

経験のうすい、言葉もままらない自分は結局子供と一緒。無力な自分だった。

つまらない毎日だった。私という人間はいないも同然だった。

家族が出来、家も移り住み、ビザがとれ、物事は大きく変化し始めた。人生は全ては気持ち次第ということに気づかされた。お金の事ばかり考える毎日。そして久々の仕事への復活。それによって生活が多く変化した。

親が来る前の5年間は結局鬱だった。精神的に病気になるくらいの人生のつまらなさ。息を吸っているだけの毎日………….。

過去の清算とこれからの自分の将来という30歳の節目。

自分でクリエイトしていく生活、自分を高める生活を求めていた。

お金さえあれば時間をかけなくていい、それが人の道。

2007年10月時点で$80kの借金を母親からしている記録がある。

毎年11月,12月は最悪の月だ。何もかもうまくいかない。今は特にプレッシャーだらけだ。つぶされる。グルグルと同じことばかりだ。あと1週間ほどで2007年は終わる。今はちっともハッピーではない。生かされるのを感じる。こうなったのも運命である。

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30年結論 につづく

Comments

  1. 読み入ってしまいました。私も宝物の一つが『海外に住んで、外から日本を見れたこと』です。次、楽しみです。

    • LisaZate says:

      パッチングワーカーさん
      読んでくださって大変光栄です。今私はこの小説を上中下と作成しております。ちなみにこの部分は上にあたります。出来次第またサイトに載せていきますのでこれからもどうぞよろしくお願い致します。ありがとうございます。

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