[今日のリサゼイトトピック】人としての子供 親としての支配者

日本でも海外の様に段々別れる親が急増し、もう昔の大正や昭和の様なしきたりを強いて無理やり死ぬまでずっと一緒の夫婦像はなくなっている。問題は子供のことである。日本ではまだ親権について強い理念を抱いており、法もそのように設定してあるということは、はっきり言って日本の恥だ。

親のどちらかが暴力やギャンブル 犯罪などの事情なら別だが、日本はまだ”長男だから”などの昔からのしきたりで子供をまだ何か物の様に扱っている。それが法律でも子供を”所有物”として扱っている証拠でもある。

親の都合で別れるのに子供には人権がないのか。

ここNZでも親同士でルール―を決めてこの曜日は父の方とか、2週間おきに交代とか決めている家族がほとんどである。そして中にはそのルールに断固として譲らない親がおり、”絶対”の規則性を取っている者がいる。

私はこれに断固として反対である。

子供は居たい親と一緒に居るべきである。子供が選ぶべきである。この週は父の方と決まっていることはいい。だが、もしそのとき子供が今日は母の方に行きたい気分としたらそうさせるべきではないだろうか。

あくまでも親の都合で子供は2つの家を持つことになる。そしてそれぞれパートナーができればその家族それぞれも含めた人生になるということだ。

本当は1つのものだった。それを親が決めて生んだ子供を自分達の頑ななルールで犠牲にしているだけである。

日本ではこうした古びた法律にのっとってか極端な話、親の勝手な思い込みで決して子供を合わせないと言い張る親がいる。それを破れば「誘拐犯」になりうることもある。

もう2020年、せっかく生まれてきてくれたこどもを物扱いするのは止める時なのではないか。

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