[今日のリサゼイト トピック】マインドに嘘をつく時

幸運と不運といわれるが、本当に人間の人生には“運”が存在するのだろうか?そもそも”運”とはなんなのか?

運とは我々の意思や努力ではどうしようもない巡り合わせを指す、とうぃきぺぢあでは言われている。

例えば今朝子供を学校に送るとき、30分かかるところをすんなり信号のタイミングが良かったせいかそして2人乗りのレーンがつかえたからで、10分程早く着くことが出来た。私は子供に”今日は運がいいね、いい日になるよ”といった。本当に”運がよかったから”なのだろうか。

人が嫌な思いをしたり嫌な経験をしたりするのは”運が悪い”からだったのだろうか。

日本では運気をあげるために風水や占いに凝ったり、部屋の模様替えや、おまじないの小物を手にしたりするときがある。

よく言われるのはトイレをきれいにすると金運が良くなるとか。

また運気がアップするお寺や神社にお参りに行くとか、運の良い人のそばに行くとか。

だから”運”というものは自分の考え方次第だという人もいる。なんでもポジティブに捉え、嫌な事もチャンスだと捉え、気持ち次第で物事はなんとでも捉えられると。

いざ何か嫌なことが起きたことに対してどれだけの人が「いや、これは私へのチャンスだから、次へのステップになるから」などと思えるだろうか。それが実は多大なエネルギーを使う。なぜなら、チャンスだなんて真逆のこと、人間の思考に対してはまず”そんなのおかしい’という生理反応が先に働くからだ。それを制御するほどのエネルギーが頭の中に必要とする。

本当に嫌なことが起きた時は、時間が戻ればいいと思う、やり直しが出来たらと思う、あれをするんじゃなかった、これをするんじゃなったと自分を責める、なんてそれらは一体価値のあることだろうか。

いや全くの「思い込み」である。起こったことは戻せないし、どうせ「思い込み」をするならば反対の「思い込み」をしてはいかがだろうか。つまり’今何ができるか’とか、’次何をするか’とか。はじめは訓練の様に自分を無理強いしてマインドにうそをつかなくてはいけない。

運がいい悪いは結局、意思や努力ではどうしようもないめぐりあわせ ではない。意思や努力で変えられる。マインドに嘘をつけばいいのである。

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