【今日のリサゼイトトピック】 今日の日本ニュース:ピラミッドの頂点に立つということ

海外のことは知らないが最低日本では、「努力を突き抜けた人」とでもいおうか、波の努力ではなく人の3倍はしてきた努力の塊を形にしている人達がいる。それ程多くはない。どんな世界もピラミッド型になっていて、てっぺんまで登り詰めないと本当に極めたことにはならない。大半の人が途中で腰を下ろして”まぁ、いいか”となってしまうからだ。

自分もものを書きだしてからわかってきたことだが、何かを記し残すことは多大の情報を集めなければ自分の知識だけでは足りないことがある。この人はそれを続け、作家となり、本を何冊も出版している。それとは別にやはりそのテリトリー柄、メディアに出ることも多く一躍有名人となった。そしていまの原点ともいえる人の在り方・生き方を探り人に伝えていくいわば一番神に近い人ではないだろうか。

私は特に深い仏教や他の宗教に神髄はしていないけれど、学ぶことがたくさんある大変貴重な人だ。彼女はもうすでに98歳という歳なのに本当にお若い。そして彼女は京都の一角で毎月(今はコロナで休み)お伝えの日を設け予約が取れないほどの人気がある人である。こう人は死んではならない。

最近はいろんな分野からの成功者がインフルエンサーとなってSNSを使い世の人々にメッセージを送っている。人は特に努力をしなくても生きていける。普通に働いて普通にお金を使っていればそのままずっと生きていける。だから大半の人はそちらに流れていく。また上に登れば上るほど誹謗中傷も多くなっていく。この人はそれも修行の一部だと受け止めた。そしてそれは彼らの問題であって自分の問題ではないとした。その節もきっちりと仏の教えによって導かれている。仏教信者でなくとも納得のいく教えだろう。

「好きなこと」をして生きていく、もしくは「頂点に行くまでに努力(修行)を続ける」人生にするか。彼女の年から60,70年後の今やこの2つが重なることを目指すようになっている。でもそれは本当に人が生きる、つまり”人生“の目的なのだ。時代は変わり、物は増え物事のプロセスのスピードは速くなり、国同士が近くなり世界が近い時代になってきている。これからももっと進展していくのだ。私たちは取り残されてはいけない。彼女の様に頂点に立てるよう努力を全うしなくては生きてきた意味がないのかもしれない。最終的にはいかされている意味を持とうとは大げさなことだろうか。

 

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