【今日のリサゼイトトピック】 日本の国連批判は単なるアメリカの擁護か?

NZ story

20年ほど前に国連を訪れたことがある。戦後51か国より2020年193カ国の加盟国からなるアメリカNY州に位置する。存在目的は、国際平和・諸国間の友好関係の発展・国際問題の解決&国際協力の為である。6つの主要機関と多くの付属機関・補助機関が置かれ、また数多くの専門機関・関連機関が連携しており実質巨大で複雑な国連システムを形成している。

最近の調査で日本の国連に対する評価が1番低いという記事をみた。なぜか?

日本はもともと国連への加盟が悲願であった。そしてようやく1956年に実現し、1.国連中心 2.アジアの一員としての立場の堅持 3.自由主義国との協調、の外交3原則をもうけ“国連中心主義”を日本外交の柱としたのだった。しかし若者の国連機関に対する関心や期待は大きいものの実際に国連で働く日本人の数は極めて少ない。安全保障、経済活動、社会的分野に対し日本は大きく依存しているにも関わらず、携わる者が少ないのだ。

日本は国連機関に対して相当多額の資金提供をしてきた。が、ここ近年それが財政的負担に見合った見返りがあるのかと言う批判がある。日本の貢献する意味は本当にあるのか。日本は資金を払う代償として、国連を活かす日本の外交、国連の目的実現のための外交と解釈している。すなわち日本の”貢献“という解釈は薄い。一方、国連は日本の行動の規制、監視、調整、と共に緊急財政の援助を構えている。つまり、日本の思う”貢献“の意とは異なる。

国連が世界各地で地球規模の課題に取り組んでいて、各国からの職員が様々な分野、国で活躍しているにも関わらず、日本人の国連職員の数は他国に比べると非常に少ない。日本政府が何もしてこなかったわけではない。若者の関心が高まるようこれまでに様々な国連関連の方策をしてきた。採用案内や実際の状況報告、関連者による講演会などだ。多少その数は増えたものの。まだまだ”貢献”につながる数には及んでいない。というのも日本人が応募するには専門職の専門性を最低修士号で備えており、なおかつ特定分野での実務経験が2,3年していなければならない。日本はいわゆる、学生期間を通して”知識“の量を膨らますことは得意だが、それを実際の現場で、しかも外国語で応用ち実践することに関しては不得意である。

その背景を知ってか知らずか、もしくはそれとはまた別にか、日本人の国連への評価は大変低い。日本人は「多額の資金を払っているのに、日本に不利なことしかしない。」「国連に加盟していて得するのは常任理事国だけだ」「国連は以前より平和維持に寄与していない」などの意見が多くみられる。またWHOのCOVID-19に対する当初の間違った判断を真に受けた日本政府から国民への支持、情報もその一因にある。

アメリカの大統領がWHOに対する資金提供のストップ、国連への遺憾とは別に日本にはまだまだこの問題は大きく残っているようだ。

22日に行われたアメリカ大統領による国連総会演説より

Comments

Copied title and URL