【今日のリサゼイトトピック】 ”当たり前の時代“に物が多いということ、少ないということ

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セレブたちのクローゼットは1件の店でも開けるかのようにたくさんの服と、くつと、鞄と、アクセサリーとその数は桁を疑うほどのである。「人に見られる職業をしている」と外に行けば斜視やビデオを撮られてしまう。その都度彼女たちは違う服を着て違うアイテムを持つ。彼女たちのクローゼットを見ると同じような色の同じような種類がたくさん並んでいる。

それに憧れてか特に20代30代の人には“買い物依存症”の人たちが少なくない。とにかくものを買いたくて仕方ない。自分の部屋の中はお気に入りのものばかり溢れているはずなのに外に出れば何でも買ってしまう。これぐらいの値段だったらと何回も自分を許してしまう。そして次の日には早速着て行って周りの反応を気にする。まわりから自分はおしゃれだといわれたい欲求であり、また自分に自信のない人の象徴とも言われている。しかし残念ながら思っているよりも他人は人が何を着ているかなど気にしていない。そこまで人を構わないし、この過剰情報量の時代に人は人と割り切っている人が大半だからだ。

もし外出をしなくて済む仕事をしていたら、私達には何着の服が必要だろうか。長年外で働くことの多かったわたしが、この機に自分の家で働けるようになって気づいたのは、ほとんど毎日同じ服を着る事。もちろん誰も気にしないし、着たい服をきているだけだ。特にスーパーに買い物に行くぐらいなら30分とかからない。そのための”おシャレ“はもうしない事だ。そもそも何を着ようか、と迷う時間が無駄である。

わたしは、数年前に「買うこと」を極力やめて、不必要なものを処分した。おしゃれをするのは”人に見せるため“だ。人に”格好つけるため“だ。なんと無駄な事だろう。自分は自分の着たい服をきて自分が気持ちようく過ごせる服が1番ではないか、と気づいたからだ。

かといってたまにショッピングモールにいってディスプレイされている新しい服を見るとつい買いたくなるのは本音だ。けれど家に帰って落ち着いてみると買わなくてよかったことにほっとする。家のクローゼットを見てみるとまだまだたくさんの服が並んでいる。どれも日ごろからよく見ているものである。何年もあるものもある。でも、それ程頻繁に使用していない。日頃何気にずっと気にしていたものはある日突然思い切って処分するといい。となると新しい服を買うことがばかばかしくなる。自分の為ではないのなら何の為に買ってしまうのか、と気づかされる。

最近は”ミニマリスト“が特にシングルの人たちに多くなってきた傾向がある。戦後の影響もあり昔は特に物が多かった。家の中も祖父母の家もとにかくたくさん細かいものが多かった。今日ではこのものの溢れる時代、いつでもなんでも手に入る時代、人はたくさんの物を手に入れてそれでも満たされなくなっていている。本当に必要なものが何なのかを見失っている時さえある。そこで生まれたのが”断捨離“である。大正、昭和の”もったいない”観念は切り捨て、身軽に、不要なものを断ち、時に捨て、ものへの執着を断つという思想である。それは時に物だけでなく、人間関係、仕事などにも使われる。

コロナの影響で私達は色々気づかされたことがある。好きなものが買えていたこと、当たり前のことがコロナによって停止または消去されてしまったこと。いつ死ぬか分からない人生とはなにか。いつ災害にあうかわからない毎日を私達は送っているということ。

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