ファッションは誰のもの?

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日本では冬服と夏服に分け季節ごとに押し入れから出したり、閉まったりを繰り返しなんとも面倒くさい作業ではないか。今から考えると服の数もやけに多かったし、どうしてタンスにしまえる分だけの量を保持しなかったのか自分でも疑問だ。それはさておき、ヨーロッパ、欧米等の海外ではほとんどクローゼットというものがあって、すべての服がそこに収められている。もちろん年中ハンガーでかけられており、季節ごとの衣替えなどは必要ない。ついでに下着も靴下類も靴もそこに収納する時もある。だからいわば季節に限らず好きな時に好きな服を着れるというわけだ。イギリスでは夏服を着てコートやジャケットを上から羽織り冬を過ごす人たちが多数である。NZのネイティブ達は冬でもTシャツ短パンが主流だ。

このYAHOO記事を今朝読んだ時点で、なんて下等な記事なんだろうと、そしてこういう記事を大々的にヤフーともあろう会社が閲覧しているのに残念で仕方がない。

ファッションというものは、人それぞれである。“それぞれ”とは、体型、身長、髪型、性別、及びその人のセンス、気分、生活状況、環境、金銭レベルなどが関わる。単にその季節のその人のセンスだけではない。またブランドも関係ない。どこどこの高いブランドを着ているからその人がカッコよく見えるとかはない。これをしたら”違和感“と決め付けたこの記事は下等である。誰が違和感を覚えるのか?どうして個人が他人の服装をみてジャッジすることを促す記事を載せるのか?

結論から言うと、人は自分の好きな服をきればいい。冬でもTシャツを着たければ着ればいい。春のまだ肌寒いときは、冬のタイツを履いたっていい。今でもこの時期にはこれを着て、という風潮があることは大変残念でもしそれが日本の多くの人がまだ行っているというならばそれは時代遅れな日本の証ともいえる。日本はもう着物の時代ではない。ミニマリストが、Tシャツ、ズボン、ジャケット、と1~2着ずつ保持しているだけで365日過ごせる言う時代だ。

言うまでもないが、服というものは何だろうかと考えた時シンプルな答えがそこにはあるのだから、こんな記事を鵜呑みにしなければわざわざ人を観た目で判断する愚かな人は徐々に減って行くであろう。

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