【今日のリサゼイトトピック】うつの影と光

完璧主義な人は、真面目でいつも完全でなければいけないと思っている。始めた以上はきっちり終わるまで中途半端が嫌だし、途中から始めるのも嫌だ。人からの目線も気になるし、人を喜ばせたいといつもおもっている。

特に仕事に関しては、そんな性格だからいずれストレスを抱え壊れてしまう。人によっては突然爆発してしまう、うつになる。  

外に出て人に会うと普通に話せるから、いたって周りからは普通に見える。だが家に帰ってくると、1人になるとダメだ。どんなに人の話や、心のはなし家、有名人、カウンセラーの話を聞いてこうしたらいい、あーしたらいいといわれても、1日2日の心の変わりようでまた現実に戻っていく。なぜか?

根本的なことが解決していないからだ。うつになったその根源には人がさわれないからだ。人が本当にうつになったら、プロでもその奥底にある根本が見いだせないのだ。多くの人はその”現実“と呼ばれるものは「マイナス思考」とか「ネガティブな人」といわれるだけで、うわべの人間がうわべの対処方をアドバイスしてくるのもうっとおしいだけ。

講演家の鴨頭さんが、“こころの持ちようで毎日が変わる、心が決めているのであって他人や周りが決めているのではない。“という講演をしていた。 衝撃を受けた。物事が起きるから自分にやってきて自分が判断するものだと思っていた。それによって、”自分は不幸だ“”どうして私がこういうはめになるのだ“という考え方をして当たり前だった。それはすべて”思い込み“らしい。また起きてもいないことを、心配したり何度も何度もおもったり頭の中でグルグル考えたりしているのも単なる”思い込み“らしい。その通りだと思った。

人に完璧を求めストレスがたまる。この人はここまでやる、という思い込みだ。いついつまでにこれが起きてこの時間には終わる、といったプランも思い込みだ。自分なら出来ることを人が出来ないとイライラするのは人に対する完成度の思い込みだ。

といった考え方をしたらすこし楽ではないか?また今、その思いが思い込みで、思い込みは架空だ。そうすると自身を大切にしていく、自身を向上させていく、新たな挑戦が見えてそれに向かって努力していこうとするなど目にみえない、思いもしなかった方向へ人生の歯車は回りだす。

今人生がこうなったのは生れた時からの1つ1つの判断の結果で、すべて自分で決めてきた事、もう人のせいにしては時間の無駄だと気づこう。そうすると自分にフォーカスを置いて、何がしたい、こうなりたいと前へ行ける準備がはじまるのではないかな。自分を大切にし、今までの「思い込み」がなくなった一瞬一瞬に気づき住みやすくなっていく。それはもう癖づいているものだから、そんな急激に人は変われないかもしれないけど、思い込みをしないという脳への思い込みが出来るようになるといい。そんな些細なことからでいい。もう誰もあなたを判断しないのだから。

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