[今日のリサゼイトトピック]  常識と非常識の境目にあるもの

*(この添付は今朝のYAHOO JPより切り抜いたものです)

人の“常識“の感覚は本当に様々で幅広い。私はこれまで学校で教えられてきたことが正しいことだと、また親からの日常の教えが常識を作るものだと思っていた。しかし、社会に出てましてや海外に行こうものなら、その考え方は浅はかだったと知らされる。では一体常識とはなにか?

WIKIPEDIAによると;社会を構成する上で当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと、また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。

らしい。

では、”当たり前のもの“となっている物差しはどこにあるのか?”客観的にみる”と皆同じラインに立てるのか?

この場合そもそもマスクの効力がはっきりと定められてない故に起こったことで、それを信じる、信じないに分かれる点が問題を起こした。ただマスクなしに話したりすると飛沫が飛んでいるのは確かでましてやくしゃみや咳などすると簡単に3,4mまでにも及ぶ。特に飛行機の中は密室状態なので気持ち悪がる乗客も多い。ということは、マスクをつけると自分よりも人を自分の菌から少しでも守ることが出来るわけだ。それが私の”常識”だと思う。でも人の常識は違う。

今NZでもあやふやな規定の元つける人がいたりいなかったりである。そもそも海外から戻ってきたものの中にQUARANTINEの施設から脱走する”非常識“ものも複数いる。知らぬところからクラスターが出来てしまい、安全なオークランドはまた見えぬ菌の町と化したのである。なんて未熟な判断力ではないか。

アメリカやブラジルも初期の判断が誤っていた為に今大変なことになっている。オーストラリアも規制が甘かったために大変なことになっている。その”未熟な判断“がこのような事態を招く。つまり”社会的な価値観、知識、判断力“は国を引っ張っていくはずの者同士でも同じラインではなかった。

世界中で起こった初めて見るこの菌の及ぼす恐怖の現象に答えなどはまだない。ただ人が周りの人の為にしていることをお願いしますしてください、と言われたらなぜ素直に出来ないのか?単純である。

そんなにマスクをつけることは間違っているのか?法律や証明書として確定してもらわないと出来ないことなのか?何をそんなに頑なに逆らうのか?わたしには理解できない。でもそれは”私の常識”枠の中で判断をしているだけに過ぎないのである。その枠は人それぞれ違う。だから“常識”とは”非常識”に密接していて、意味のない事なのかもしれない。 それよりも実は、ただ単純に思いやる気持ちがあればこんなことにはならなかったということだと思う、そう単純な事だったのに。

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