[今日のリサゼイトトピック】  男性コスメにみる差別の無意味さ

昭和生まれの私からすれば、時代は本当に変わったものである。まさか自分が幼い頃によく大人たちが言っていたことをこうやって口にする日が来るなんて、とも思う今日この頃だが、それはさておき、大手コスメの会社が広告に男性を起用したことからである。

近年、特にUSAの有名人たちの生活ぶりがSNSで直に拝見出来るようになってから、その交友関係ももちろんのこと性別の区切りがなくなってきたように思える。昭和はオトコかオンナだけだった。現に”おかま””女装好きな男性””女装家””ドラッグクイーン”など日本においても細かく分けられるようになっている。私が幼い頃は、女としてうまれたら、女として生きていくもんだと思っていたが、その背景には性別における障害を持った人々が苦しい思いをしてきたのも、オープンに出来るようになるまで実際にはそのうえで起こる障害があるなんてわかりもしなかったものである。

最近はさらに、X Genderという言葉があるように、性別がない人の存在を認識するようになってきた。X Genderとは日本で生まれた言葉らしいが、要は性別のない人をさす。性別による自分のとらえかたはおかしいと思う人、男か女かわからない人、”中性”の人のことだ。

話はずれたが、昔は脱毛、スキンマッサージ、エステなどはみな女性のものだとされていた。平成になって「きれいになりたい男性」が増え、今まで女性のものとされてきたアイテムやショップなど今日男性が利用してもなんら違和感もない世の中になってきたのである。そしてメディアやSNSがこうして男性をベースに商品のマーケティングをすればするほど、”常識”は変えられていくのである。男性客は女性へのプレゼント探しをしているという”常識”は捨てられ、彼ら自身の為に探しているという認識がなされているのである。

私の好きなアーティストSamSmith が自分のことを”they”と呼ぶことにしたと先日SNSで取り上げられていた。ともなると、性別とは何か?女だからこの化粧をする、男性だから足の毛ははやしたまま、女だから……、男だから………という考え方はもう間違っているのではないか? 男だから泣くな、女性ならあぐらをかくな、とはもう差別用語になっているのではないか。女性だから男性を好きになる、男性だから女性しか結婚できない、という”常識”はもう”非常識”になっているのではないか。             

ではなぜ、まだ同性の結婚を許さないひとたちがいるのか?そもそも彼らに人が愛し合うという行為を、止める権利はあるのか?バナナを好きな人もいれば嫌いな人もいる。嫌いな人に向かって食えと無理強いはしないだろう。左利きの人間に左を使うな、といこともしないだろう。わたしには同じに見える。好きになったのが同性なら、同性なのだ。何も誰も変えることはできない。なぜ女子はズボンをはけて男性はスカートをはけないのか、同じことだ。肌の色もおなじことだ。何色だから何々とはならない。自然の現象は受け入れるそれだけだ。

今2020年、この時代の急変革とともに人々がもっと成長していけばと思う。人間はたかが宇宙規模でみるとちっぽけな生物に過ぎないのだから。何をそんなに傷つけあう必要があるのだろうか。

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